「ある店で阿波の鳴門でも金沢八景または木曽路之山川どれでもよいが、[一組で]3~4万円くらいでないものかと尋ねた。それは広重の代表作雪月花三部作を10万円くらいで集められたらと思ったからである。一ヶ月ほどしてその人が「案外安く入りました。この阿波の鳴門を[一組で]12万円にして置きましょう」といって出された。驚いてよく聞くと当時の相場を私は知らなかったが、3~4万とは当然13~4万と思われたらしい。いろいろ迷ったが、思い切って手に入れたのがきっかけで20数年の間にこの三部作がようやく揃った。そこで友人に見せたら「ほうなかなか立派なものだね。しかしこれが揃うと大体人生も終わるといわれるから気をつけなさいよ」と冗談をいわれた。私もいつしか72歳にならんとしているから当たらずとも遠からずである。」(「山陰中央新報寄稿文」より) |
歌川広重
うたがわひろしげ
(雪月花) 武陽金沢八勝夜景
(せつげつか) ぶようかなざわはっしょうやけい
安政四年(1857)、大判錦絵三枚続、[新庄コレクション]
Utagawa Hiroshige
Night view of eight sights of Kanazawa, Musashi province
[Shinjō Jirō collection]
広重の最晩年を代表する大判三枚続の大作《木曾路之山川》、《武陽金沢八勝夜景》、《阿波鳴門之風景》は、版元と制作年が同じで、外題の枠も共通することから、木曾の“雪”、金沢の“月”、そして鳴門の渦潮を“花”に見立てた“雪月花”を意図した三部作と考えられています。
《武陽金沢八勝夜景》に描かれた金沢は、海岸に面した景勝地として知られ、江の島詣などの途上にあったことから江戸庶民に親しまれました。高い視点から捉えた静穏な金沢の夜景で、山や木々、家や船など全てが夜の闇に沈み、その固有色を喪っています。幕末における夜景表現の深化を、ここに見ることできます。
歌川広重
うたがわひろしげ
(雪月花) 木曾路之山川
(せつげつか) きそじのさんせん
安政四年(1857)、大判錦絵三枚続、[新庄コレクション]
Utagawa Hiroshige
Mountains and streams in Kiso district
[Shinjō Jirō collection]
《木曾路之山川》では、雪に覆われた木曾の山を画面いっぱいに大きく描いています。薄墨色の空とにぶく落ち着いた濃藍色の木曽川が、この山を囲むように上下に緩やかな弧を描いています。これにより、雪の白さと観る者へ迫りくるような山の塊量感を際立たせています。
歌川広重
うたがわひろしげ
(雪月花) 阿波鳴門之風景
(せつげつか) あわなるとのふうけい
安政四年(1857)、大判錦絵三枚続、[新庄コレクション]
Utagawa Hiroshige
View of whirlpool at Naruto in Awa province
[Shinjō Jirō collection]
《阿波鳴門之風景》は阿波(現在の徳島県)の鳴門海峡に生じる渦潮を描いたもの。左手より潮が流れ、岩礁や島にあたった波が複雑に無数の渦の花を生んでいます。遠景の淡路島は霞むように少しずつ線や色が薄く描かれており、自然な奥行きが表現されています。