「北斎作品の代表と言えば、冨嶽三十六景、中でも凱風快晴、神奈川沖浪裏、山下白雨が三役と言われる。凡そ浮世絵蒐集を志す人の第一の願望はせめてこの一点でも持ってみたい事である。私もこのため何回空転させられた事やら、中でもある友人から某大新聞の地方欄に「これこそ赤富士の真物」と写真入りで報じられた物が「その方も老境に入られ譲ってもよいと言われるがどうか」と申し越され即座に飛行機で行って拝見したら手の込んだ複製品で御老人の心境を考え返事に進退極まった事もある。私の凱風快晴は私の最も信頼していた東京の業者から持ち込まれ、曽て見た事のない程の優秀品だが値段もその2年前某所の取引値の3倍を超えていて2度ビックリ、併し、ここが勝負所と決心、目をつむって入手した。40数年間唯一回のチャンスだった。昭和47年に東京で第二回浮世絵世界大会が催され、世界中の美術館・コレクターから優秀版画が出品された時、凱風快晴だけは「此図は未だ相当数残存しているが凡らくこれが世界で最優秀のもの」とサブタイトルが添えられていた。私は半時程見つめた後、浮世絵協会理事長楢崎先生の許しを得て私のものを持ち込み比較して見たが、私の方[の凱風快晴]が一枚上手であった事は楢崎先生他、立ち会われた方々は皆認められた。これだけは新庄コレクションの白眉と思う。(中略)45年大阪万国博の際、美術館には浮世絵の代表として私の北斎冨嶽三十六景(凱風快晴)と東海銀行の広重東海道五十三次だけが出品された。又万国博記念硬貨も凱風快晴の図案が採用され嬉しかった。」(「私と浮世絵」より) |
葛飾北斎
かつしかほくさい
冨嶽三十六景 凱風快晴
ふがくさんじゅうろっけい がいふうかいせい
天保初期(1830~34)頃、大判錦絵、[新庄コレクション]
Katsushika Hokusai
The series Thirty-six views of Mt.Fuji (Fugaku sanjūrokkei) : South wind, clear sky
[Shinjō Jirō collection]
凱風とは南から吹くおだやかな風のこと。快晴の青空には畝雲が広がり、赤茶けた山肌をした夏の富士が、威風堂々たる姿で描かれています。富士の頂から山腹にかけて、褐色から赤、そしてゆるやかに樹海へと溶け込んでいく、丁寧なぼかし摺が施されており、うっすらと浮かぶ板木の木目と相まって、富士の山肌は実に複雑で豊かな表情をみせています。こうした繊細な表現は、本図の初期の摺りにおいて見られる特徴であり、後摺では山肌の赤みが強調され、樹海との境界が直線的に摺られるようになります。簡潔な構成と限定的な色数ながら、荘厳な富士の麗容を見事にとらえた、北斎の代表作です。